その他ヨーロッパ諸国の世界遺産

ヴァチカン市国(1/1)

ヴァチカン市国

言わずと知れたカトリックの総本山。全世界のカトリック教徒の心のふるさとだ。独立国としては世界最小だそうだが、国中が美術品にあふれている。宗教に興味のないひとでも、サン・ピエトロ寺院のミケランジェロのピエタや、システィーナ礼拝堂のフレスコ画は絶対に見に行ってほしい。

行き方:地下鉄オッタビアーノ駅下車+徒歩。

 

オーストリア(4/8)

ハルシュタット=ダッハシュタイン、ザルツカンマーグートの文化的景観

湖に映る山々が本当に美しい場所だった。湖と山のあいだに、小さな村々が点在し、ゆっくりと魂の洗濯をするにはもってこいの場所だ。我々はひたすらゆっくりと、湖にボートを浮かべて、のんびりしてしまった。

行き方:ザルツブルグからポストバス利用。乗換えが必要(だったと思う。)。

ザルツブルクの歴史地区

夏は音楽祭でにぎわうザルツブルグは、9世紀に司教座がおかれたときから発展が始まった。見所は、ホーエンザルツブルグ城、旧市街と大聖堂、ミラベル宮殿などであるが、ザルツブルグで忘れてならないのはモーツァルト。生家には愛用のピアノなどが展示されている。

行き方:ウィーンから列車。ドイツ、ミュンヘンからのほうが近い。

シェーンブルン宮殿と庭園

シェ−ンブルン宮殿の歴史は、17世紀末期、レオポルド1世の時代までさかのぼるが、かの女帝マリア・テレジアが居城としたために、大々的に増改築されて現在のような姿となった。宮殿はよくベルサイユ宮殿と並び賞される。なにしろ豪華絢爛である。

行き方:ウィーン中心部からは路面電車で。

ウィーン歴史地区
2001年新指定。はるか昔に行ったので、あまりよく覚えていないが、シュテファン大聖堂の屋根がきれいな色瓦だったことは、良く覚えている。夏で宿がなかなか取れなかった。

行き方:世界中からウィーンへ飛行機の便がある。

 

ギリシア共和国(3/16)

アテネのアクロポリス

ギリシャの首都アテネ。古代ギリシャの遺跡が多く残されている。アクロポリスはアテネの町の中、丘の上にそびえている。アクロポリス内には、パルテノン神殿、エレクティオン神殿やアクロポリスの出土品をおさめたアクロポリス博物館などがある。

行き方:アテネへは、世界中の主要都市から飛行機の便がある。空港から市内へはバス。アクロポリスへは、市内の中心シンダグマ広場から1Kmくらい(ただし登り!)。

エピダウロス考古遺跡

医学の神様、アスクレピオスを祀る。病に悩む古代ギリシャ人がたくさん訪れた場所である。医療施設のほかに、宿泊所、劇場などもあったそうだ。見所はギリシャで一番保存の良い古代劇場。

行き方:ナフプリオンからバス。アテネから日帰りのツアーもある。

ミケーネとティンリスの古代遺跡

かのトロイの遺跡を発掘したシュリーマンが発掘した遺跡である。やはりホメロスのイリアスの物語に基づいている。ミケーネはクレタ文明の流れをくむミケーネ文明の中心地だったと考えられている。数々の黄金の副葬品が発見されたが、特に有名なのは、アガメムノンの仮面とよばれているもので、アテネの国立考古学博物館に収められている。

行き方:アテネからバス。日帰りツアーもある。

 

スイス連邦(2/5)

ベルンの旧市街

スイスの首都である。独特のアーケードを持つ旧市街の町並みが美しい。メインストリートには、たくさんの噴水があり、それぞれの噴水がバグパイフ吹きの噴水、アンナ・ザイラーの噴水など、彫刻で飾られている。ミュンスター大聖堂もファサードが美しい。

行き方:ジュネーブから鉄道で1時間くらい。チューリッヒからも同じくらい。

ユングフラウ、アレッチ、ビーチホルン
行ったのはユングフラウ。夏のハイシーズンに、インターラーケンから日帰りで出かけた。世界各国からひとがわんさか来ていた。しかし寒かった!

行き方:インターラーケンから登山電車。

 

スペイン(6/36)

セビーリャの大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館

世界で3番目に大きな大聖堂だそうだが、行ったのがかなり前で、残念ながらあまりよく覚えていない(ヒラルダの塔の上から、下で待っていた夫(@高所恐怖症)の写真をとったことは覚えているんだけど…)。たしかに聖堂内部の装飾などが、すごかったような記憶がある。隣接して、アルカサル、インディアス古文書館など、見所が多い。

行き方:マドリッドから鉄道で2時間半(我々が行ったときは、もっと時間がかかった。しかも、バルセロナから夜行だったし…)。

グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区

レコンキスタによってスペイン全土がキリスト教になっていくなかで、最後にのこったイスラム教の地がグラナダだった。アルハンブラ宮殿はまさに最後の砦だったわけだ。宮殿の細部の装飾たるや、あまりにも細かく、見ていていらいらしてくるほどである(私だけ?)。十分に時間を取って見学してほしい。本当に美しいです!

行き方:マドリッドから鉄道で6時間(我々は夜行列車で行きました。)。

セゴビアの旧市街と水道橋

このローマ時代の水道橋はすごい!無造作に町の真中を走っていて、一番高いところで29mもあるそうだ。

対照的なのが、アルカサル(セゴビア城)と大聖堂である。両方とも、スペインゴシック建築で、とくにアルカサルはかの「白雪姫」のお城のモデルになったことで有名。我々が行ったときは、お城でイベントがあって中の見学ができなかった。返す返すも残念。

行き方:マドリッドから鉄道で2時間。十分日帰りできます。

バロセロナのグエル公園、グエル邸、カサ・ミラ

かのアントニオ・ガウディーの作である。見るからに不思議なしろもの。特にグエル公園の装飾は、なんとも言えないユーモラスな雰囲気をかもし出している。ガウディーの作品ではザグダラ・ファミリアが有名であるが、いったいいつ完成するのだろう???

行き方:バルセロナへはヨーロッパ各地から飛行機の便がある。またはフランスから鉄道で入ることも可能。マドリッドからは7時間(我々は夜行で行った)。グエル公園へは、地下鉄で。

トレドの旧市街

タホ川に囲まれた中世の町。ローマの時代にすでに町があった。11世紀にはキリスト教スペインの首都となり、マドリッドに遷都するまで栄えた。町並みが本当に美しい。トレドはまた、エルグレコの町としても知られていて、彼の作品を多数見ることが出来る。

行き方:マドリッドから鉄道で1時間強。

アランフェスの文化的景観
中学のころ、とある少女漫画にアランフェス交響曲というのが出てきた。地名だと知って以来、ぜひ行ってみたかった。訪れたのは1987年の夏。あの漫画に出てきた風景が、夏の焼けるような暑さの中に本当にあった。

行き方:マドリッドから列車。トレドとマドリッドのちょうど中間あたり。

 

ベルギー王国(2/8)

ブリュッセルの大広場(グラン・プラス)

広場のまわりに市庁舎、王の家、ブラバン公爵の館などフランドル風ゴシック様式の美しい建物が並んでいる。この広場は11世紀ごろから市場として使われ、13世紀に前述のような建物が建てられて、町の中心として栄えた。その後破壊にあっているが、再建されて今日に至っている。

行き方:ブリュッセルへは、世界中の主要都市から飛行機の便がある。空港から市内へは鉄道が便利。また、パリやアムステルダムからは鉄道でも、それほど時間はかからない。

ブールジュ歴史地区

ベルギーフランドル地方の主要都市のひとつである。市内に運河が流れ、北のベネチアとも呼ばれる。運河沿いに歴史的な建物が並び、夏は運河をクルーズしながら観光ができる。ゆっくりと街中を散策したい。

名物のウォーターズーイ・スープは絶対にお試しあれ!

行き方:ブリュッセルから鉄道で2時間弱。

 

ポルトガル共和国(2/12)

リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔

ジェロニモス修道院は、かの航海王エンリケ王子の偉業をたたえるためにマヌエル1世によってつくられた。なが〜い建物である。テージョ川の河畔にあるベレンの塔はヴァスコダガマの偉業をたたえてつくられた。この塔はテージョ川の見張り塔としても利用された。

我々が行ったとき、リスボンはちょうど国会議員選挙の前で、市内は選挙運動やらなにやらで、騒然としていた。そんななかで訪れたジェロニモス修道院、ベレンの塔は静かで、本当にほっとしたのをよく覚えている。

行き方:リスボンへは、主要都市から飛行機の便がある。ジェロニモス修道院、ベレンの塔へは、リスボン市内から鉄道を利用。

シントラの文化的景観

ポルトガルの王が離宮をつくった場所である。たしかに、緑豊かな山々があり、保養に絶好の場所である。山の上にはぺナ城がそびえている。このお城はいろいろな建築様式が交じり合っていて興味深い。

行き方:リスボンから鉄道で1時間弱。

 

ポーランド共和国(1/9)

ワルシャワ歴史地区

ワルシャワの街は先の戦争で、壊滅的な打撃をうけた。しかし、街を愛する市民の手で、壁のひび1つまでも、戦争前の姿に復興された。特に旧市街広場のまわりの町並みはルネサンス様式とバロック様式で美しい。

個人的におすすめするのは、旧市街からバルバカンを抜けたところにある、キュリー夫人の博物館。彼女が住んでいた家がそのまま博物館になっていて、実験装置などが展示されている。

行き方:ワルシャワへは、世界中の主要都市から飛行機の便がある。空港から市内へはシャトルバス。

 

ルクセンブルク大公国(1/1)

ルクセンブルク市の旧市街と要塞

初めて訪れたときに、不思議な町だなあと思った。というのは、まわり中を谷間に囲まれていたから。。。地図で見ると、川に囲まれた断崖の上にあることがわかる。このように、もともとの地の利もあったわけだが、14〜15世紀にさらに城壁がつくられ、現在のような城塞都市となった。

行き方:ドイツ、フランス両国から、鉄道の便がある。

 

 

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